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就活解禁
今日は二限から授業。四書五経の授業で今日は易。月曜日に駒場でも易の授業をとっているのですが、前から興味があったのですっかりハマってます。午後は身体の演習で、先週の測定した脳波の解析などをやっていました。

ところで、今日から就職活動が解禁になりましたね。私の所にまで生協系由のセミナーなどのお知らせが結構きています。

就活セミナーのチラシ


今年は二ヶ月遅れでの解禁となりましたが、夏頃からセミナーやインターンなどに参加している人も多かったようです。私も就活をしたいところですが、この年では無理でしょう。東大へ行こうが何をしようが年齢の問題はツラい所です。

実際のところ、国家一種も21歳以上33歳未満ですし、新司法試験は(基本的には)法科大学院が必要となってしまい、弁護士の資格だけでは食っていけない時代になっていると言われています。昔は司法試験が、歳をとったり、ドロップアウトしても、努力さえすればやり直しが出来る希望の道だったのですよね。

一般の企業も表向きは年齢制限を禁止されていますが…。

もう少しやり直しのきく社会だといいのですけど、景気が悪くなってしまったので仕方ないのかもしれません。

私自身は今後、ドロップアウトした人がやり直そうとした時に役立つような仕事や、運動や教育で人を変える仕事をしていくつもりでいます。

受験といった枠組みでの勉強ではなく、勉強を必要とした時に、きれいごとではなく、お金の稼ぎ方も含めた生活環境の作り方、それに肉体だけではなく精神も含めた健康維持の仕方などを総合的に教えられる場所を作りたいと思っているのですが、あまり分かりやすい形のものではないでしょう。

もっとも、これまでも理解されにくい生き方をしてきたので、これからも理解されにくくても誰かから必要とされる生き方ができればいいと思ってます。それに、この歳で苦労して東大に受かっても、何にもならないじゃん…という前例を作る訳にはいかないので、どんな形でも稼ぐつもり。

なんにせよ、最初にお金が必要となりますが、基本的に借り入れをして事業をするつもりはないので、卒業してしばらくはお金を作るのが先決になりそうです。学生のうちに少しでも、その下地を作っておかないと…という状態です。

就活の苦労をしない分(正確には、させてもらえないのですが…)多少は苦労しないと!
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テーマ:大学生日記 - ジャンル:日記

[2011/12/01 21:46] | たまには真面目に | page top
三十代最後の日
明日が誕生日なので、私にとって今日は三十代最後の日。昨日は小田原に行ってきたのですが、小田原は私にとっては思い出深い土地だったのですよね。

高校へ行かなかった頃の私は、ダイエットや身体を鍛える事を兼ね(居る場所がなかっただけ、ということもあるのですが…)、週に三日か四日は、当時住んでいた保土ヶ谷から国道一号を通って小田原に出て、さらに熱海辺りまで自転車で往復してたんです。
小田原の道

目的なんてなく、ただ時間を潰す為だけに出かけていたので、朝早く近所の人が外に出始める前に出かけて暗くなるまで自転車に乗ってたのですが、途中の小田原で小休憩をする事が多かったのです。

そして向かったのは小田原城。
小田原城

もっとも、城に興味があったわけではなく、小田原城の前に動物園があって、ゾウやライオン、トラがいたんです。そして、まだ道場に通ったりする前ですが、自分なりに本を読んだりして気を学び始めていた私は、檻の中のライオンやトラに向かって密かに(大声を出したりすると、人に見られて恥ずかしかったので、こっそりと…)、でもしっかりと気をぶつけ、彼らをビビらせようとして…ほんと、今考えると、何やってんだか(苦笑)

三十代の最後にもう一度彼らに会いたくなっちゃったんです。正確には、彼らというか、当時の自分の影なのかもしれませんが…。

しかし、私の中ではつい先日の事のように覚えていても、現実には二十年以上の歳月が流れているのですよね。小田原城前の動物園には、もうゾウもライオンもトラもなく、ただ猿だけが残っているだけでした。
小田原城の猿檻

ちょっとした物寂しさを感じつつの帰り道、喉が渇いたのでコンビニでお茶を買おうとした時、ふと昔よく自転車に乗って限界まで喉が渇いた時に、マウンテンデューというジュースを飲んでいたことを思い出し、どうしても飲みたくなってしまいました。

カミさんと一緒に自販機探しをしたものの、なかなか見つかりません。自販機を探すうちに、また小田原城に。

すると土産物屋の前にある自販機にマウンテンデューが。
小田原城とマウンテンデュー

しかし、これグレープ味で、当時飲んでいたのとは違ったのです。小田原城の動物園があった場所でマウンテンデューを見つけたのは、感慨深いものがあったのですが、種類が違っていたのは時間の経過を象徴しているようでもありました。

ところが今日になって近所を散歩していたら、当時飲んでいたマウンテンデューが…灯台もと暗し(笑)

今日は、昼頃から何軒もスーパー巡りをして、ルーを使わず半日かけてカレー作り。カミさんと結婚して二年位は、ずっとこんな生活をしてたのですよね。
手作りのカレー

知り合って十五年以上、結婚して七年目、たぶん普通の夫婦の一生分以上は二人で話をしたんじゃないかな。おかげで、もうお互い恋愛対象ではなくなってしまいましたが、一番の親友というより兄妹みたいなパートナーになれたことが嬉しいです。

いよいよ明日から不惑の四十代へと突入。

…ですが、このブログは「三十オヤジの東大キャンパス日記」で行きます。やっぱり「四十オヤジ…」ってやると、ねぇ…。

下は小田原の海。過去と決別し、海に向かって四十代への決意を示す男の背中です(笑)

四十代への誓い(笑)

テーマ:ある日の風景や景色 - ジャンル:写真

[2011/08/27 22:30] | たまには真面目に | page top
核の時代
福島の原発が大変なことになっていますね。東京でも一時通常の20倍以上の放射線が観測されたそうです。

私は普段、もう人生の半分は生きているし、交通事故や通り魔など痛いのは嫌だけど、死んでも仕方ないかな…という気持ちでいます。もちろん、やりたい事や欲しい物、好きな人達など未練がないと言えば嘘になりますが、それでも十分生かして貰ったかなって感謝してます。

…とは言うものの、まだ老衰を覚悟する年齢でもないので「寝たら明日の朝が来ないかも…」という経験はありませんでした。

ところが12日の深夜のニュースで、福島の原発事故が国際原子力事象評価尺度レベル4、それに炉心融解の可能性を伝えているのを聞いて「寝たら明日の朝は迎えられないのかもしれない…」という恐怖と言うか、切なさみたいなものを初めて感じました。

12日の時点にしては多少大袈裟なまでに感じてしまったのも、私が十代だった1980年代は、米ソの対立から核戦争の恐怖が声高に叫ばれていた時代でもあり、核戦争へのカウントダウンを引き起こしてしまう映画「ウォーゲーム」や核戦争後の世界を舞台とした漫画「北斗の拳」が人気となり、実際1986年にはチェルノブイリ事故が起こりました。

1990年代になると湾岸戦争に絡んで核の問題が取り上げられ、終末思想の影響でノストラダムスの大予言が流行り、「空から恐怖の大王が来るだろう」という部分が核兵器を表しているのではないかと言われたりして、自称救世主を名乗る人たちが興した新興宗教が盛んだったので、核への恐怖みたいなものが刷り込まれていたからかもしれません。

いずれにせよ、自分に死ぬという感覚がないまま明日が来ないかも、という切なさを感じたまま朝を迎えたので、朝日を見た時は、いつも以上の感動があったのですよね。

こういう感覚って、他の世代の人達も同じなのかな!?

テーマ:東北地方太平洋沖地震 - ジャンル:ニュース

[2011/03/15 20:28] | たまには真面目に | page top
時間
昨日、弟に会い、二十数年という時間を経て和解出来たのは、弟の寛容さと共に時間の力そのもののおかげでした。時間が経過することによって、当時は消化できなかった様々な感情が整理されたのですが、当然ながら、二十数年前と同じような気持ちになっても、体はその時とは同じではありません。老いだけでなく、その人に付随した社会的な立ち場みたいなものも同じかもしれません。

東大に通うようになって、自分より二十年位若い人達と一緒にいる機会が増え、どこかで自分も彼らと同じような気持ちになってしまうこともあります。と言うより、きっと若いうちは想像できないと思うのですが、気持ちや心みたいなものは、実は体ほど老いるものではありません。「体は大人になっても少年の心は忘れてはいけない」と言う言葉もありますが、あえて「いけない」などと言われなくても、実際には多くの大人の中に子供の心は残っています。ただ、それを出してはいけない社会的な倫理や常識があるため、そう振舞えないことも多いのです。

ネットで年齢や経歴を隠していたりする人と話していると、たまに自分よりすごく年上の人を自分より若い人だろうと思い込んでいたり、逆に年下を年上と思い込んでいて驚く事があると思うのですが、歳をとっても心は変わらなかったりします。勿論、歳をとることによって分かってくることも沢山あるのですが、それは心とはまた別の種類のものだったりするのですよね。

たまに、色んな縛りから逃れて、二十歳位の人達と同じようになりたいと願うことがあります。彼らの側にいると、何とも言えない感情と歯痒さが芽生え、心が引き裂かれそうになることもあります。でも現実にはその違いは踏み越えられないし、踏み越えさせてももらえません。

昨日のブログで、「時間は偉大」という話を書いたのですが、同時に「時間は残酷」でもあり、その残酷さの前では自分の無力さを思い知らされます。人によっては贅沢な悩みだと取る人もいるかもしれません。ただ、日々の幸せなど様々な事に感謝すると共に、この感覚は大学に入ってから身にしみることが多かったので、今日は何となく書いてみたくなりました。きっと私くらいの年齢、三十五歳位から上の方は、なんとなく分かって下さるのではないでしょうか。

と、少し暗くなってしまいましたが、たまにはオジサンの嘆きと言うことで(笑)

テーマ:日記 - ジャンル:日記

[2011/03/06 18:59] | たまには真面目に | page top
入試不正と入試制度
なんだか京大や早稲田等の入試不正の問題が、えらいことになってますね。

三月の試験からは、文部科学省が携帯の持ち込みの禁止を要請しているようですが、これって本当に携帯だけの問題なのかな…。

試験中に携帯で問題を入力とか写メ撮るとかより、防犯や盗撮(!?)に使われているペン型ビデオや、ボタンの穴などから撮れる小型のCCDカメラで問題を映してワイヤレスで飛ばし、大学の外の車かなんかで受信することだって可能なんじゃないの? って今回のニュースを見ていて思ったのですが…。

この人(達!?)がどういう目的でやっていたのか知りませんが、もし予備校講師など勉強のできる人に知り合いがいれば、掲示板などを使わなくても、こっそりやれたのかも…なんて思うと同時に、そう言う人も中にはいるのかもしれないな…と、想像してしまいます。

今回の件は、携帯から逮捕されると思いますが、替え玉受験や裏口入学など、不正入学は昔からあるので、これが特別なことではないのかもしれません。

ただ、この事件に便乗して入試制度のあり方にまで言及している所もあるようですが、不正が行われないようにすることは必要であるものの、基本的には今の入試制度って良くできていると思います。

入試試験を簡単にして卒業を難しくする方が良いと言う意見もありますが、学内での評価は、担当教授に気に入られるかどうかという要素もありますし、論文にしたって代筆もあるので、それはそれで問題がある気が…。

どんな制度でも欠点はあります。悪い点だけ強調して変えれば良いというのは簡単ですが、その結果が惨憺たるものになる可能性は今の民主党政権を見ても…って、ちょっと意地悪かな!?

今の入試では、少なくとも、その人が努力してきたこと、努力できる人だということを証明しています。

詰めこみ式だとか暗記重視だとか言う人もいますが、それも努力の結果です。受験に必要な知識は無限ではなく限られたものですが、だからこそ、みな同じ一日二十四時間しかないという条件のもと、いかに自分をコントロールして努力を積み重ねてきたか、という証明になるのです。

進学校に通っていようが、良い予備校や家庭教師につこうが、独りで勉強しようが、結局は自分の頭を使って、何度も繰り返して必要な知識を蓄積していくしかありません。

努力って、あまり評価されていない気がするのですが、努力できると言うことは、本当にスゴイことです。

特に、やりたいことや誘惑、そして不安の多い若い時期、自分をコントロールするのは、とても難しいことです。私も自分が若い時に東大に受かったかと言えば、たぶん受からなかったでしょう。

でも、だからこそ努力してきた人が、今回のような不正受験で合格枠から外れてしまったとしたら残念です。

多くの人が欲しがるものに関しては、不正が行われるのも必然かもしれませんが、できれば受験に関しては、公正に行われて欲しいですよね。

長々と書いてしまいましたが、努力してきた人が報われますように。

テーマ:大学受験 - ジャンル:学校・教育

[2011/02/28 20:35] | たまには真面目に | page top
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