敷居が低い!?
先日のヤフーニュースに、「文化庁・国語世論調査によると、故事成語や慣用句の意味や使い方を間違って理解している人が多い」と言う記事が載っていました。

恥ずかしながら私も間違えているものが多く、例えば「敷居が高い」は「相手に不義理などをして行きにくい」が正しい意味なのだそうですが、私は「高級すぎて入りにくい」という意味もあると思っていました。

ここで気づいてくださった方がいたらスゴイのですが、実は先日、出版甲子園の二次選考に提出した企画書の中で、私は

「萌え単との類似点としては、キャラクターを前面に出すことにより敷居を低くし、人目を引いてまずは店頭で手に取ってもらえる商品にするという点である。」

と、書いてしまっていました。そう、「敷居を低くし」という表現は誤りなのです。

ですがここで一つ疑問が…。

慣用句の「敷居が高い」の反対として「敷居が低い」が誤りなのは分かります。

では、「敷居を低くする」はどうなのでしょう?

敷居は元々、ふすまや障子などの下部を受ける溝みたいな部分なので、低くて当たり前。高くもないものをいまさら低くしても仕方がない気もします。

もっとも更に屁理屈を言えば、敷居の位置を低く…というか埋め込み、段差を無くすとも考えられなくもありません。いわゆるバリアフリー!?

そして何よりも、「敷居を低く」という言葉は頻繁に聞きますし、意味も伝わるのです。

いずれにせよ、当っているかどうか分からない表現を堂々と使っているのは恥ずかしい事ではありますが、同時に言葉の意味は時代と共に変化して良いものだとも思っています。

言葉が先にあるのではなく、相手に「何か伝えたい」という気持ちが先にあり、コミュニケーションの手段として言葉があるのだと思いませんか?

ブログの書き方についても同じです。

例えば私は普段、言葉を綴る時に流れ(読みやすさ)を最も重視します。ブログでは、文章を書く時に書き出しと改行はひとマスあけていませんし、三点リーダー(…)はブログでは一つのみの使用にしています。

又、スペースを多用せず適当に使って、貴重な時間を削って読んでくださる方がナナメ読みしやすいように心がけています。

皆さんも、強調したい言葉を大きくしたり色を変えたり、間隔をあけて読み手をハラハラさせたり、絵文字を用いたりなど、言葉を綴る際にはそれぞれのこだわりが、あるのではないでしょうか。

伝えたい相手に対して伝わる表現なら、絵文字でもら抜き言葉でも、何でも良いと思うのですが、相手や世代によって理解できる表現の仕方は違うので、ある程度の層に伝えられる表現やルールを知っておく事は大切です。(…と、偉そうに書いていますが、実際私は慣用句も間違っていれば、絵文字などは殆ど理解していないのですが…)

そういう意味で、国語教育は大切だと思いますし、こういうニュースを機に、語源を調べてみるのもいいものですよね。

ですが一方で、正誤を軽々と飛び越え、ある意味「暗号」ではありませんが、ある特定の人達、或いは世代だけに伝わる言葉が創られ広がっていくのも、言葉の持つ面白さだと思いませんか?


ところで、今日は昼間に仕事(殆どお金にならないので仕事…と言いづらいのだけど)をした後、夕方から散歩へ。今日も空が驚くほど綺麗でした。
空

雲の隙間から見える光って本当に幻想的ですよね!

テーマ:日記 - ジャンル:日記

[2009/09/06 21:44] | 日記 | page top
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