スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[--/--/-- --:--] | スポンサー広告 | page top
20年前…。
今日は本来なら二限と四限、五限に授業があったのですが、四限は休講。二限と五限の間に四時間ほどの空き時間ができてしまうので、近場の大学で学食探検をして、後は図書館で勉強していようと思っていたのですが…。

なんと二限の教室で待っていると、教務課の人がきて臨時休講とのこと。先に分かっていれば、今日は五限まで家でゆっくりできたのに~、と思いつつも、やっぱり休講は嬉しいものです(笑)

予定を変更して四谷の某大学へ学食探検へ。

もっとも今日は学食ネタではありません。学食探検の記事は近いうちに書くとして、今日は某大学とは反対側の四谷のお話です。

実は、四谷には私が通っていた鍼灸の専門学校があるのです。十九歳の時に入学したので、ちょうど今から二十年ほど前なんですね。

なんだか、つい最近のことのような気がしてしまいます。
四谷駅周辺

私が通っていた専門学校へは、この道をまっすぐ進んでいきます。早く着いた時などは、一人で外濠公園の辺りをブラブラしていました。
外濠公園

外濠公園の辺りは、さすがにほとんど変わっていないのですが、やはり街並みは変わっていますね。昔のことを思い出しながら、専門学校へ。
東京医療専門学校

「東京医療専門学校」ここが私が通っていた鍼灸の学校です。この校舎自体は当時からありましたが、いつの間にか新しい校舎などが周辺に増えていました。

この学校は半日授業だったのですが、この頃はまだ腰痛がひどくて、授業に出ているだけでも大変だったんですよね。それに、ここを辞めちゃったら、また中卒扱いに逆戻りという恐怖もいつもありました。

うーん、あれから二十年近く経ったのか…。良い悪いは別にして、感慨深いものがありました。

ちょっと感傷的な気分で大学に戻って、五限の授業に出てみると「青年期はいつまでか?」といったテーマ。

私にとっての青年期は、鍼灸などの国家資格をとった時に終わったのかもしれません。二十二歳くらいだったので、年齢的にも誤差の範囲かな!?

講義では、大人(成人)への通過儀礼の例として、南太平洋のバンジージャンプを挙げていたのですが、引きこもっていた私にとっては、三年間専門学校へ通って、国家試験をとるというのは一つの通過儀礼だったような気がします。

そうは言うものの、鍼灸は卒業後ほとんどやっていないのですよね。気功の方は鍼灸の学校へ通う前から現在まで、ずっと続けているのですが…。おかげで気功には多少自信がありますが、鍼灸はまったくダメです。

もし卒業後も鍼灸師として働いていたら、今頃はどんな人生だったのでしょうか。

人生に「たら、れば」がないのは分かっていますが、別の人生や、その時にはあったのに、今はもうない選択肢の事を思うと、楽しいというより、少し寂しく感じてしまう事が多いです。

テーマ:日記 - ジャンル:日記

[2010/10/25 22:16] | 日記 | page top
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。