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死の迎え方
今日、入退院を繰り返していたお婆さんが、口からの飲食ができなくなり、これ以上、寝たきりのまま痛みを伴う治療を続けるよりも、少しでも安らかな時間の中で最後の看取りを迎える為、特別養護老人ホームに移送されました。

そのお婆さんとは十数年前に一度お会いしたことがあるだけだったのですが、色々とご縁があったので、私も特別養護老人ホームに行ってきました。

数年前に亡くなった私の祖母は、十年以上寝たきりだったのですが、実家で介護していたので、老人ホームに行くのは初めてでした。

すっかり別人のように痩せ、口の周りにはチューブを拒絶した為に出来た痣や、体も内出血だらけになっていたお婆さんは、もう喋ることも手を動かすことすら出来なくなっていましたが、手を握ってご挨拶すると、ジッと私の目を見つめてくれました。

今の社会では、死の現場を見ることはあまりありませんが、厚生労働省の人口動態総覧によると年間死亡者数は百万人を超え、警視庁の発表によると三万人以上の人が自殺して、五千人ほどの人が交通事故(事故後24時間以内に死亡した人のみ)で亡くなっています。

私自身も、十代半ばから後半にかけては死ぬことばかり考えていました。実際に自殺する勇気はなく、かと言って生き続ける勇気も持てずにいる内に、「若いうちに死ねば、あの世でも若いままでいられるのではないか」「歳をとった姿で、あの世で永遠に生き続けるよりは、今、死んだ方が得なんじゃないか」なんて、死への怖さをすり替えるような思考をするようになっていました。

その頃は知り合いもいなくて、でも自分が生きていたという証を残したくて、「社会の為に悪い政治家達を殺して、自分も死のう」なんて危ないことを考えていました。今、考えると、本当に視野が狭かったのです。

今は生きたいと、どんなに願っても、あと数十年、これまで生きてきた年月と同じ位の時間が経過したら死んでしまうのだ、ということを実感して、わざわざ自分で死のうとは思わなくなりました。どうせ、嫌でも死からは逃れられないので、自分でそれを早めなくっても…って感じです。それに、車にぶつかったり、高い所から落ちたり、病気になれば、人間は簡単に死んでしまいます。人ってホントはすごく死に近い所で生きてる気がしませんか?

逆に言えば、脆くて弱いからこそ老衰に近い所まで生きられるというのは、すごいことです。私も、今は老衰を迎えて天寿を全うしたいと思っているのですが、どうかな…!?いずれにせよ、いつ死んでもおかしくないと思っているので、今、自分にできることを精一杯やっていたいです。

特別養護老人ホームの壁に、スイートピーの絵が飾ってありました。
スイートピーの絵

スイートピーの花言葉は「門出」「優しい思い出」「永遠の喜び」などです。誤解を招きそうですが、私は死で全てが終わるとも思っていないので、なんだかピッタリだなぁ、と思ってしまいました。

帰り道、夕焼けが綺麗でした。
夕焼けと川と鳥

夕焼けと川


テーマ:「生きている」ということ - ジャンル:心と身体

[2011/02/03 20:55] | たまには真面目に | page top
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