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全生園の隠れた史跡 前編
多摩全生園は、全国にあるハンセン病患者達が強制隔離されていた施設の一つです。らい予防法は廃止されたものの今でも入所している人もおり、ブログ記事にするのも迷いました。

しかし入所者の高齢化などにより、全生園も終わりが近くなり、この施設のある地域全体を「人権の森」として後世に残したいという構想の中で、多摩全生園入所者自治会が歴史の散歩道「全生園の隠れた史跡」めぐり、として案内板も設置しているので、それにそった形でご紹介したいと思います。

ちなみに、全生園は敷地面積が358,116平方メートル(108520坪、東京ドーム約8個分)もあり、かなり広いです。全体像と「全生園の隠れた史跡」案内版設置場所はこんな感じで、17ヶ所に設置されています。
「全生園の隠れた史跡」案内版設置場所

案内板は設置されていませんが、まずは正門です。
全生園正門
五時頃だったので、車で帰る職員の方等の姿が目立ちました。

最初にあった案内板が、「監房跡」を示すものでした。
全生園監房跡

今はちょうど空き地のようになっていましたが、昔は煉瓦塀で囲われており、見せしめにも使われたそうです。

そして、こちらも跡形もなくなっていましたが、「収容門跡」です。正門は入所する患者の為のものではなく、こちらの収容門が使われていたそうです。
全生園収容門跡

木々の間を歩いて行くと、「全生劇場跡」がありました。春秋二回歌舞伎の公演が行われていたそうですが、今は野球場になっており、少年野球で盛り上がっていました。
全生劇場跡

さらにその少し奥には、「帰省門跡」。実際には、正規の帰省は難しかったようです。
全生園帰省門跡

その奥手にある永代神社という入所者達が建立した神社の側にあるのが「安松道跡」。
全生園安松道跡

案内板は設置されていませんが、彼らが建立した永代神社がこちら。あとに出てくる「村づくり」で井戸を掘った時の土を神殿の土台にしたそうです。
全生園永代神社

そして、かなり鬱蒼とした木々の中にあるのが「県木の森」。各都道府県から送られた木々の並木道になっており、ちょっと治安は怖そうなものの、個人的には好きな雰囲気でした。
全生園県木の森
 
県木の森、そして矢嶋公園と呼ばれる場所に向かう途中、かなり古い家も。他の居住区とは作りも違ったので、別の目的の建物だったのかもしれません。
全生園の中にある古屋

この道を抜けると「村づくり」と案内板に記された場所にでました。ここを中心に対の住みかとなる村づくりに励んだそうです。
全生園村づくり

そして、正門の反対側に当たる国立ハンセン病資料館の側にあったのが、「最初の火葬場跡」。奥に見えてるのは、納骨堂です。
全生園最初の火葬場跡

納骨堂の正面がこちら。花が手向けられていました。
全生園納骨堂

近くには、動物供養塔もありました。

この辺で、ちょうど半分ほどご紹介したので、残りは明日の後編に続きます。

テーマ:ある日の風景や景色 - ジャンル:写真

[2011/07/23 23:26] | 日記 | page top
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